正月の飾りもの

正月の飾りものなる餅花・繭玉はどうかすると、春を待つ装飾と考へられてゐる様であるが、もと/\素朴な鄙《ヒナ》の手ぶりが、都会に入つて本意を失うたもので、実は一年間の農村行事を予め祝ふにう木[#「にう木」に傍線]といふものゝ類で、更に古くは、祈年祭《トシゴヒマツリ》風に神を招き降す依代であつたと思はれる。それで先づ、近世では、十四日年越しから小正月にかけて飾るのを、本意と見るべきであらう。地方によると、自然木、たとへば柳・欅・榎など、小枝の多い木を用ゐるほかに、竹を裂いて屋根に上げるものもある相である。全体、祈年祭を二月に限るものゝ様に考へるのは即神社神道で、農村では、田畑の行事を始める小正月に行うてゐる。京の祇園に削りかけ[#「削りかけ」に傍線]を立てゝ豊作を祈るのも、大晦日《オホツゴモリ》の夜から元朝へかけての神事ではないか。大晦日と、十四日年越しと、節分とは、半月内外の遅速はあるが、考へ方によつては、同じ意味の日で、年占《トシウラ》・祈年《トシゴヒ》・左義長《トンド》・道祖神祭《サヘノカミマツリ》・厄落《ヤクオト》しなどは、何の日に行うてもよい訣である。竹を裂いて屋根へ上げる風俗は、自然木の枝を以て、髯籠の髯を模したことを暗示してゐる。先に述べた葬式の花籠は招魂の意のもので、同時にそれが魔除けの用意をも込めてゐるものである。神の依代は一転化すれば、神の在処を示す事になる。邪神は其に怖ぢて、寄つて来ないのである。死体をねらふものは沢山ある。虚空から舞ひ下つて掴み去る火車《クワシヤ》・地上に在つて坏土《ハウド》を発く狼を脅す髯籠の用は、日の形代《カタシロ》たる威力を借るといふ信仰に根ざしてゐるのである。花籠《ハナカゴ》が一転して、髯が誇張せられた上に、目籠が忘れられると花傘となる。

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