祭礼の練りもの

     三 祭礼の練りもの

祭礼《サイレイ》の練《ネ》りものには、車をつけて牽くものと、肩に載せて舁《カ》くものとの二通りあるが、一般に高く聳やかして、皆神々の注視を惹かうとするが、中には神輿《ミコシ》の形式を採り入れて、さまでに高く築きなすを主眼とせないものもある。地車《ダンジリ》の類は此である。一体、練りものゝ、土台から末まで柱を貫くのが当然なのに、今日往々柱のない高い練りものゝあるのを見る。練り屋台には、土地によつて様々の名称がある。ほこ[#「ほこ」に傍線]・やま[#「やま」に傍線]などの類は、柱を残してゐる。屋台・地車の類は、柱がない。山車には、柱のあるのも、また無いのもある。やま[#「やま」に傍線]は、言語自身|標山《シメヤマ》の後である事を、明らかに示してゐる。ほこ[#「ほこ」に傍線]は、今日其名称から柱の先に劔戟の類をつけてゐるのもあるが、柱自身の名であるらしい事は、柳田国男先生の言はるゝ通りであらう。東京の山王・神田祭りに出る山車の語原は、練りもの全体の名ではなく、其一部分の飾りから移つたものらしく思はれる。木津(大阪南区)のだいがく[#「だいがく」に傍線]の柱の天辺《テツペン》につける飾りものも、山車と称へた。また徳島市では、端午の節供に、店頭或は屋上に飾る作りものゝ人形を、だし[#「だし」に傍線]或はやねこじき[#「やねこじき」に傍線]と言ふさうである。木津のだいがく[#「だいがく」に傍線]のだし[#「だし」に傍線]も、五十年以前のものには、薄に銀月・稲穂に鳴子などの作り物を取り付けてゐたといふ。して見れば、出しものゝ義で、屋外に出して置いて、神を招き寄せるものであつたに相違ない。一体、祭礼に様々の作りもの[#「作りもの」に傍線]や、人形を拵へる事は、必しも大阪西横堀の専売ではない。盂蘭盆や地蔵祭りに畑のなりもので様々な作りものをするのを見ると、神にも精霊にも招き寄せる方便は、一つであつたといふ事が訣る。今日こそ練りもの[#「練りもの」に傍線]・作りもの[#「作りもの」に傍線]に莫大な金をかけてゐるから、さう/\毎年新規に作り直すといふ事は出来ないので、永久的のものを作つてゐるが、古くは一旦祭事に用ゐたものは、焼き棄てるなり、川に流すなりしたものである。話頭が多端に亘る虞れはあるが、正月十五日の左義長《トンド》も、燃すのが目的でなく、神を招き降した山を、神上げの後に焼き棄てた、其本末の転倒して来た訣である。何故作りものを立てるのかと言ふと、神の寄りますべき依代《ヨリシロ》を、其上に据ゑる必要があるからだ。神の標山には、必神の寄るべき喬木があつて、其喬木には更にある依代《ヨリシロ》の附いてゐるのが必須の条件で、梢に御幣を垂れ、梵天幣《ボンテンヘイ》或は旗を立てたものである。たゞ何がなしに、神の目をさへ惹けばよいといふ訣ではなく、神の肖像ともいふべきものを据ゑる必要があつたであらう。神の姿を偶像に作つて、此を依代《ヨリシロ》として神を招き寄せる様になつたのは、遥に意匠の進んだ後世の事で、古くはもつと直観的・象徴風のもので満足が出来たものである。一体、神の依代は、必しも無生物に限らず、人間を立てゝ依代《ヨリシロ》とする事がある。神に近い、清い生活をしてゐると考へられてゐる神子《ミコ》か、さなくば普通の童男・童女を以て神憑《カミヨ》りの役を勤めさせるので、此場合、これをよりまし[#「よりまし」に傍線]と称へてゐる。多くは神意を問ふ場合に立てるので、唯、神を招き寄せる為には、無心の物質を以てしても差支へのない訣である。祭礼に人形を作ることは、よりまし[#「よりまし」に傍線]を兼ねた依代なので、この意味が忘れられると、殆ど神格化せられた人間の像を立てる。神功皇后・武内宿禰・関羽・公時・清正・鎮西八郎などが飾られるのは此為である。

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