舊暦のお盆

 このお祭が濟んでしばらくすると舊暦のお盆だ。そして、盆踊りがはじまるのだつた。夕方になると町のどこかゝら前觸れの太鼓の音が聞えて來る。まだ明い青味のある空を見上げて、その音のする方角を確めながら、今夜は染羽ではじまるさうだ、とか、新丁だとかいふやうなことを話し合ふ。ビラが町の所々に貼り出されることもあるが、さうでなくとも町中にすぐ知れ渡つてしまふ。 そゝくさと夕食を喰べると、私達子供はまだ暗くならないうちから踊りの場所へ出かける。それはお寺の境内のこともあるし、一寸した曲り角の廣場や、通りのまん中でやることもあつた。若い者が四五人でやけに太鼓をたゝいてゐる。まだ人が集らないのだ。間もなく咽喉自慢の男が、たいてい四十か五十の年配だつたが、臺の上に立つて、番傘をひろげて、片手にふるまひ酒の入つた茶碗を持つて、音頭をうたひはじめるのであつた。 最初のうちはちよろちよろした七つだの八つ位の女の子達が鼻筋にお白粉をつけて、音頭臺のまはりをうろ覺えに踊つてゐるだけだ。暗くなると、どこからか顏をかくして誰だか判らない踊り手が、女だの男だの老人だのがぞろぞろと出て來る。その頃にはまはりは見物人で一杯になる。 どういふわけか、私が物心ついた頃には變裝が盛んで男は女に化け、女は男の格好をするのがはやつた。股引に袢纒、頬被りといふ凝つた職人姿は藝者が多かつた。 中には男物の白絣で、いかつく見せるためか肩をまくつたのもゐたが、さうすると白いふくらんだ腕がよけいに露れてすぐ女だと知れる結果になるのもあつた。男が女の姿をしたのは、背がいやに高かつたり、いかにも女らしくやさしい踊りの所作をする腕が眞黒で筋張つてゐたりした。いづれにしても頬被りをしたのや、更にその上に深い千鳥型の編笠を被つてゐるのやで、踊り手の方から見物人は判つても、見物の側からは踊り手が皆目判らなかつた。見てゐる方では、眼の前を踊りながら過ぎる人を、あれは誰らしいと云ひ合ひ、判らないとぐるぐるついて※[#「廴+囘」、第4水準2-12-11]つて顏をのぞきにかゝるのだが、踊り手はなほのこと隱すやうにする、それが面白かつた。時々ぽかんと見てゐると、踊り手の中から急にこちらの鼻をつまみにかゝつたり、肩をついたりする。知つてる奴にちがひないが、判らない。 が、時間がたつうちにはそれも大半は見當がついてしまふ。何しろ、見物人は踊り手を見分けるのに夢中なのだから。凝つた奴は、一度さとられたとなると、急いで家にひきかへして又姿を變へて出て來るのがあつた。

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