今度は侍がはいれ

「そうだ、今度は侍がはいれ、白覆面が駕籠へはいれ!」 境内を圧するほどの怒号叫喚となってしまった。 それを制しようと、両手を挙げて何か言っている出羽守の声は、すこしも聞えない。騒ぎはますます激しくなる一方。えらいことになったと驚きながらも、今さら引っ込みがつかず、諦めた出羽守は、どうせ手品だ、たいしたことはあるまいと千浪に向い、「どうじゃな。わしがはいっても大事ないか。」 すると千浪はにっこりして、「ええ、刀を突き刺すように見せかけるだけで、ほんとに刺すのではございませんから、誰がはいってもたいしたことはございません。」 そうだろうと出羽守は頷いて、「それで、わしが中へはいるとして、刀を刺すのは誰かな。」「ほほほほ。私がやりますけれど、今も申したとおり、ほんとに刺すんではございませんから、御安心遊ばして。」 もし、出羽守が思っているとおりに、彼女がこの出羽を大次郎と信じているならば、こんな説明的なことは言わないはず。が、出羽はそれには気がつかなかった。「それでは、おれがはいるから、うまくやってくれ。」 と千浪へ囁いて、祖父江出羽守は、その赤い駕籠の中へ円く背を屈めて坐り込んだのである。 千浪はにっこり微笑んで、垂れを下ろす。群集は、今は鳴りをひそめて見守っている。「どなたかこの綱で、駕籠をおしばり下さいまし。」 そう言った千浪の声を待たずに、ばらばらとそこへ飛び出したのは、これもかねての手筈によって、佐吉、宗七、由公、お多喜の四人である。「こん畜生!」 などと低声に呟きながら、ぎりぎりに綱を掛けて縛ってしまう。

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