出羽は頭巾の中で苦笑して

 出羽守が気がつくと、人々の顔がいっせいに彼に向いて、なかには、前へ来てお辞儀をするもの、何本もの手が、背後からぐいぐいと押し、前から引っ張って、「いやおれは違う。おれはこの居合抜きの侍ではない。」 出羽は頭巾の中で苦笑して、抗弁やら弁解やら――今さら城主の祖父江出羽だとも言えず、また言っても、殿様がこんな風態で、一人で歩いているなどは、誰も信じてくれるもののないのは知れきっている。 第一、殿様はいま、あの行列の駕籠に揺られて通って行ったばかり、今ごろは社殿で、厳粛に参拝していると思われているのだから――。「違うも違わねえもありゃしねえ。お前さんは、今ひょっくり見えなくなったあの白覆面のお侍じゃあねえか。」「着付けから紋まで同じだ。そんなことを言わねえで、もう一ぺんやって見せてくんなせえ。」「違う! 違うと言うのに! これ、放せ、放さぬか。」 と、争いながら出羽は、群集の手で、とうとうその駕籠と千浪のそばへ押し出されてしまった。 佐吉、宗七、由公、お多喜などが、先に立って手を叩き、音頭を取っているに相違ない。群集はわっという喝采で、四方八方からいろんな声が飛んで来る。「さあ、早くやれ。」「早く見せてくれ。」 それら叫び声のなかで、頭巾の奥に眼を凝らして、出羽はじっと千浪を見た。 千浪は心もち蒼ざめて、細く顫えているようだったが、落ち着いて出羽を見上げて、にっこりした。「うん、この女も、おれがあの大次郎と代ったことを知らんと見える。ままよ、でたらめでいいからやってやれ。」 面白半分に、出羽はそう決心した。

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